宮城県内に7店舗を展開する洋菓子店「ムッシュ マスノ・アルパジョン」を運営する有限会社益野製菓。同社の取締役を務める益野 広夢氏は、幼い頃から抱いていた「いつかは家業を」という漠然とした想いが、震災の経験を通じて「やらなければ」という使命感に。洋菓子店「アルパジョン」を営む益野さんが描く、会社や地元未来への思いを語っていただきました。

プロフィール
有限会社益野製菓 取締役 益野 広夢
宮城県石巻市出身。高校在学時に、震災を機に家業を継ぐ意志を固める。その後、世界を知るための留学を経て、宮城県内7店舗を有する洋菓子店「ムッシュ マスノ・アルパジョン」を運営する有限会社益野製菓に入社。現在は同社取締役を務める。
震災で決めた覚悟
ーー入社までの経緯についてお聞かせください。
高校の途中で学校をやめて、約2年間アメリカへ留学していました。帰国後はすぐに益野製菓に入社して、最初の2〜3年間は、現場を学ぶために各店舗へ材料を配送して回る日々でした。2019年に取締役に就任し現在で6年目ですが、今でも毎日配送を続け、各店舗の状況や従業員の様子を確認することを大切にしています。
ーー幼少期からお父様の会社に入ろうと思われていましたか?
幼い頃から周囲の大人に「将来は家業を継ぐのだろう」と言われ、漠然とではありますがその意識は持っていました。でも実際に家業を継ぐ覚悟を決めたのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。創業者の祖父母と従業員1名が津波で亡くなり、店舗や機械にも甚大な被害を受けました。「昨日まで当たり前にあったものが急になくなる」という現実を目の当たりにして、「自分がやらなければならない」という強い使命感が生まれました。もし震災がなければ、今こうして家業を継ぐことはなかったかもしれません。
現在は、現場管理、生産品の方向性決定、社内の人事、そして経営企画と多岐にわたる業務をこなしています。一言で表現するなら、「ケーキを作る以外のことは全てやっている」という状態ですね。
どんな時も誰かの記念日

ーー印象的だったエピソードがあればお聞かせください。
2020年のコロナ禍では、お土産店などへの卸事業の取引が数ヶ月間ゼロになりました。でも、直営店には多くのお客様が来店されて、客数と売上は増加したんです。これは震災の時も同じでした。「どんなに大変で苦しい時でも、甘いものは人の気持ちを温かくしてくれる」ということを強く実感しましたね。
多くのお客様が「外出できないから、せめて家でケーキを食べたい」と話していて、「お客様に温かい気持ちになってもらえる商品を作らなければならない」という使命を再認識しました。外出が制限される中でも、誕生日などの記念日は毎日訪れます。お客様の特別な日に選んでいただけるお店であり続けることの重要性を強く感じた時期でした。
予約なしで買えるホールケーキ

ーー会社としての一番の強みは何でしょうか?
大きな強みは、各店舗にプロのパティシエが常駐していることです。そのため、お客様はクリスマス期間中であっても、予約なしでホールケーキを購入できます。それに、各店舗にパティシエがいるので、4,50種類ものオプションから、その場で世界に一つだけのオリジナルホールケーキを作ることができるんです。
私たちは、「品切れ」はお客様に最も失礼なことだと考え、絶対に手ぶらで帰さないというポリシーを持っています。クリスマス期間中には、予約なしのお客様だけで1日に約3,500個ものホールケーキを販売しています。
ーー今後もっとこういう方に届けたいとか、何か取り組まれていることはありますか?
以前は郊外店が中心でしたが、数年前に仙台市中心部に初めて出店しました。これによりメディア露出が増え、アルパジョンが宮城のケーキ屋であると知る方が増え、認知度が大幅に向上しました。
私たちは、単に商品を作るだけでなく、付加価値をつけて「お客様が来店する理由」を作ることに注力しています。ハンバーグイベントや地元企業とのコラボ、シュークリーム100円企画などを積極的に行い、話題を提供しています。新しい商品だけではお客様は買ってくれません。「来たい」と思える理由を常に提供し、アルパジョンが「地元の企業」であることをもっと知ってもらいたいと考えています。
仕事哲学は「どストレートに生きる」

ーー人生とか仕事において一番大切にしてる価値観を聞いてもいいですか?
最も大切にしているのは、後から言い訳したくないので、「どストレートに生きる」ということです。やりたいことや、やるべきことを見つけたら、真っ直ぐに行動し、言葉で変に飾らず、ストレートに表現する。良い素材にこだわるだけでなく、お客様に「本気」が伝わる表現が大切だと考えています。
あとは、「やりたいことは絶対にやるべきで、やらない言い訳をしない」とも思っています。完璧を目指すのではなく、小さくてもできることから始めるべきです。失敗を恐れては何事も始まりませんし、「失敗したことないやつは何もやったことないやつ」です。
父である社長と意見がぶつかることは多々ありますが、アプローチが異なるだけで、目指すところは同じです。お互いに「とりあえずやってみよう」という精神を共有しているので、歩みが止まることはありません。
従業員が能力を発揮できる場所を作ることも大事だと考えています。現在、労働時間の短縮や、産休・育休後の職場復帰を支援する環境整備にも取り組んでいます。長年働いてくれる従業員がいなくなることの方が大きな損失だと思っているんです。
地元愛が生む未来構想
ーー最後に将来について、今後5年後、10年後にどのような姿を目指していますか?
将来的な大きな目標として、宮城県内に新たな観光地となり得る複合施設の建設を計画しています。約10年前から構想していて、実は、東京ドーム2個分にあたる約6万坪の土地も購入済みなんです。
ケーキ店、カフェ、パン屋などの飲食を中心に、図書館や地域住民が交流できる場所を備える予定で、2030年頃に第1弾オープン、2035年頃に完成をイメージしています。宮城の美味しい食材をベースに、より楽しめる場所を作りたいと考えています。
私たちは、「宮城から1ミリも出るつもりはない」と強く考えています。地元に深く愛される企業として「宮城にしかない」というブランド力を高めていきたいです。
現在の売上は、直営店が約75%、卸売が25%ですが、今後は卸売の売上をさらに伸ばし、「仙台に来たらアルパジョンのお菓子をお土産に買う」という立ち位置を目指しています。石巻では100人に聞けば120人がアルパジョンを知っていると自負しておりますが(笑)、仙台ではまだ20人程度です。これを50人、そして100人へと高め、「宮城と言ったらアルパジョン」という存在になりたいですね。
最終的には、子供から大人、男性から女性まで、全ての世代に愛され、楽しんで、選んでいただけるお店を目指すことが私たちの使命です。父親がホールケーキを買って帰ることで、子どもにとって忘れられない思い出になることを伝える講演活動を行ったりもしています。

INFORMATION
有限会社 益野製菓
https://www.arpajon-sendai.com/