今回は、宮城県栗原市で八代にわたり畳業を営む「有限会社 只見工業所」の代表取締役・只見直美さん、そして九代目として現場を担う只見優さんにお話を伺いました。
長い歴史を受け継ぎながらも、時代の変化に合わせて挑戦を続けるお二人。家族で紡ぐ畳の未来への想いを語っていただきました。ぜひ最後までご覧ください。

プロフィール
有限会社 只見工業所 代表取締役 只見 直美
宮城県栗原市出身。創業天保7年(1836年)、江戸時代から続く畳店「有限会社只見工業所」の八代目として代表を務める。地域に根ざした誠実な仕事を守りながら、女性経営者として新たな発想を取り入れる。九代目の息子・優さんとともに、畳の魅力を次世代へ伝えている。
受け継がれる伝統と家族の絆

ーーまずは自己紹介をお願いします。
直美さん: 私は栗原市出身で、只見家の長女として生まれました。小さいころから住み込みの職人さんたちと一緒にご飯を食べるような環境で育ち、「ここは仕事と人でできている家」だと自然に感じていました。父は「女の子だから跡を継がなくていい」と言っていましたが、周囲からは「八代目なんだから継ぐのはあなたでしょ」と言われ続けてきたんです。
だから、心のどこかではこの仕事は誰かが守らなきゃいけないと思っていました。
優さん: 僕はその家で、次男として育ちました。気づいたら自然と九代目のポジションに。とはいえ、最初から継ぐつもりは全然なかったんです。大学卒業後は仙台で水道工事の仕事をしていました。でもあるとき、先輩に「畳屋ってかっこいいな」と言われたことが心に残って。25歳を過ぎた頃、「やるなら今だ」と決意し、戻ってきました。
時代の変化とともに転機が訪れる

ーー只見工業所の歩みを教えてください。
直美さん: 父の代までは、宮城の米どころらしく「わら床」を中心とした畳製造をしていました。地域の農家から稲わらを仕入れて、中材を作り、卸業として全国に出荷していたんです。でも、住宅の洋風化が進み、畳の需要が減少。加えて輸送コストの高騰などで経営が難しくなっていきました。
当時の私は経理を担当していて、数字で衰退の兆しが見えてしまったんです。工場では職人が汗を流していても、価格交渉の余地がない。下請けのままでは守れないと痛感しました。
ーーそこから「卸部門をやめる」という決断を?
直美さん: はい。父に「もうやめよう」と言ったときは大反対でした。長年続けてきた誇りを否定するようなことですからね。でも、私は家と従業員を守るために、三年かけて説得しました。
部門を閉鎖した当時は只見工業所が潰れたという噂も広まりました。でも、本当に守りたかったのは「技術」でした。卸をやめても、畳の仕上げやお客様への直接対応に集中する形に変えたんです。
ーー新しい挑戦も始まったのですね。
直美さん: そうなんです。2000年頃ですかね、新しい機械を導入し、顧客管理やデータ化ができるようにしました。当時、業界のコンサルを受けて自分たちで発信する力を磨きました。父からは「そんなことしなくても仕事は来る」と言われました。若い社員が頑張っていたので、「120歳まで働けますか?」「私たちのこれからを考えて欲しい。」と説得し、今のベースを作ることができました。ただ、当時お仕事をいただいていた元請・工務店も後継ぎ問題などが理由でお店を閉じたりなど段々と増えてきていて、これからは下請けの仕事を待っているだけではダメだと感じていました。
その結果、昔は工務店経由が9割だったのが、今では一般のお客様が9割。完全に逆転しました。
「女性の畳屋」として見えた景色

ーーお客様と直接関わる中で感じたことは?
直美さん: 最初は「女の人に何ができるの?」とよく言われました。田舎では珍しかったですからね。でも今では、「女性が来てくれると安心する」と言ってもらえるようになりました。
例えば、奥様がこだわるお部屋に「このピンクの縁を使ってみませんか?」と提案したとき、「かわいい!」と喜んでくれた。そんな瞬間が嬉しいんです。畳は生活に密着したもの。だからこそ女性の目線が生かせる仕事なんだと感じています。
九代目の視点で描く未来への種まき
ーー優さんが戻ってきてから、どんな変化がありましたか?
優さん: 僕が入ったのは10年前。最初は慣れない現場でしたが、徐々に職人としてのやりがいを感じました。今では打ち合わせも担当しています。
母とは現場と事務で役割が違うので、ぶつかることはあまりありません。むしろお互いの領域を尊重しながら進める感じです。僕が子どものころ、両親がよく言い合っていたのを見ていたので(笑)、そうならないように気をつけています。
ーー今後、どんなお客様に届けていきたいですか?
優さん: これからは未来のお客様を育てたいです。小学生向けにミニ畳づくりの体験教室を開いたり、地域イベントでワークショップをしたりしています。畳の縁(へり)には数百種類ものデザインがあって、実は自分の好きな色や柄を選べるんです。
「なんでもいいです」ではなく、「これが好き」と言える人を増やしたい。今はそのための種まきの時期だと思っています。
直美さん: 若い人にも「畳のある暮らし」を知ってほしいですね。最近はカラー畳やデザイン性の高い商品も増えています。畳って古いものではなく、今の生活に合わせて変えられるんです。だからこそ、私たちの仕事は続ける価値があると感じています。

伝統をつなぎ、未来へ
ーー只見工業所として、これから目指す姿は?
直美さん: 私たちが大切にしているのは「継続と発展」です。守るだけではなく、時代に合わせて変わっていくこと。その中でも、お客様に誠実に向き合う姿勢だけは変えません。
父の代、その上の代からずっとそうやって信頼を積み重ねてきたから、今の只見工業所がある。これからも地域の人に喜ばれ、次の世代につながる仕事をしていきたいと思っています。
優さん: 僕も、畳という伝統を古いものではなく誇れる文化として次に伝えていきたいです。地元の子どもたちがいつか家を建てるとき、「畳を入れたい」と思ってもらえたら嬉しいです。そのための活動を続けていきます。

INFORMATION
有限会社 只見工業所
所在地:宮城県栗原市若柳川北片町54番地
公式サイト:https://www.tadami.co.jp/