今回は、宮城県栗原市で米農家を営む「株式会社黒澤農産」取締役・黒澤亜希さんにお話を伺いました。歯科衛生士から一転、家業である農業を継ぎ、筋トレをきっかけに「食の大切さ」に気づいた黒澤さん。女性ならではの視点で挑む米づくりの想いと、地域への誇りを語っていただきました。ぜひ最後までご覧ください。

プロフィール
株式会社黒澤農産 取締役 黒澤亜希
宮城県栗原市出身。歯科衛生士として10年間勤務後、令和4年から父が営む米農家に参画・法人化。筋トレを通じて炭水化物の重要性に気づき、日本の主食である「お米」を次世代に残すため農業の道へ。女性ならではの感性でデザイン・ブランディングにも力を入れ、地域と共に米文化を発信している。
家族で支える米づくり

ーー黒澤農産さんの事業について教えてください。
宮城県栗原市で、主に「ひとめぼれ」「つや姫」「だて正夢」「にじのきらめき」など4,5品種のお米を育てています。面積は現在約50ヘクタール。両親と私を中心に、地元の従業員さんや季節ごとのアルバイトの方々と共に作業しています。草刈り専門の方もいらっしゃるなど、地域ぐるみで支え合いながらお米づくりをしています。
ーー会社としてスタートしたのはいつ頃ですか?
令和4年の8月に設立しました。それまでは父が個人で農業をしていましたが、怪我と母の入院が重なり、これ以上は二人では難しいと感じたのがきっかけです。私は歯科衛生士として10年ほど働いていましたが、「私が入るから会社にしよう」と提案しました。より本格的に農業を事業として計画的に進めたいと考え、今後はただ生産するだけでなく、販路拡大やブランディングにも力を入れていくために法人化しました。
筋トレが導いた“お米への気づき”

ーーなぜ農業に戻る決意をされたのですか?
正直、昔は「絶対に継がない」と思っていました。お米の価格も安く、子どもの頃から両親が働きづめで、家族の行事にもなかなか来られなかった。そんな姿を見て“農業=苦しい仕事”という印象しかありませんでした。
でも、父が限界を迎えた頃、私は筋トレに熱中していて、プロのトレーナーのもとで大会にも出場していました。その時に食事管理を学び、炭水化物=太るものという固定観念が間違いだと気づいたんです。むしろ白米を1日3〜5回しっかり食べることで、体調もトレーニングの成果も格段に良くなりました。
炭水化物の中でも、日本人にとってお米は特別な存在。食事の中心でありながら、その価値が軽視されているように感じていました。「自分の両親が作っているお米は、実はすごいことなんじゃないか」。そう思った瞬間、初めて“自分も一緒に作りたい”と思えたんです。
ーー周囲の反応はいかがでしたか?
最初はかなり反対されました。特に祖母からは「歯科衛生士を辞めて百姓なんて」とまで言われました(笑)。でも、その反対の言葉が逆に覚悟を固めるきっかけになりました。
「米は安いからやめた方がいい」と言う人もいれば、「若い人は米を食べない」と言う人もいました。でも、だからこそ今こそお米の価値を見直す時だと感じたんです。家族や地域の農地を守ることは、未来の食卓を守ることでもあると信じています。
田んぼを守ることは想像以上に過酷

ーー農業を始めて苦労したことはありますか?
一番大変だったのは草刈りです。父は除草剤を一切使わないので、田んぼのあぜ道を全て草刈り機で手作業します。炎天下の中、斜面で草を刈るのは本当に過酷で、最初は機械の重さすら支えられませんでした。でも、筋トレで鍛えたおかげで今は“草刈り機をブンブン振れるようになった”んです(笑)。
父の教えは「楽をしたら田んぼが弱る」。手間をかけるほど、土も水も応えてくれる。その意味をようやく実感できるようになりました。
お客様の声が原動力に
ーー販売にもこだわりがあるそうですね。
以前は農協出荷が中心でしたが、私は「うちのお米の味をお客様に直接知ってもらいたい」と思い、直販を始めました。最初はInstagramのメッセージだけでしたが、今は公式LINEや「食べチョク」でも販売しています。
全国からご注文をいただき、特に関東・関西のお客様が多いです。購入後に「お米でこんなに違うとは思わなかった」「子どもが他のご飯を食べなくなった」などの声をいただくと、本当に励まされます。離乳食に使ってくださるお母さんから「食いつきが全然違う」と言われた時は、涙が出るほど嬉しかったですね。
少しずつですが「黒澤農産のお米じゃないと」と言ってくださる方が増えてきて、品種ごとの違いを楽しんでもらえるようになりました。お客様の声が一番のモチベーションです。
女性ならではの感性で届ける

ーーブランディング面でも工夫されていますね。
お客様の7〜8割が女性なので、袋のデザインや色味にも温かみを大切にしています。モダンでかっこいいデザインが多い中で、私は「手に取ってほっとするお米袋」を意識しています。
また、SNSでは、農作業の日々や田んぼの風景など、“お米が育つまでのリアル”を発信しています。時々登場する生き物たちも、そんな日常の一コマです。そうした発信を通して、お米づくりの背景を知ってもらいたいです。
ーー今後挑戦したいことを教えてください。
ギフト需要が増えているので、贈答用パッケージのデザインを強化したいです。すでに5kg・10kgのオリジナル袋は好評ですが、30kg袋も一目で覚えてもらえるデザインにしたくて、夜な夜なパソコンで試作中です(笑)。また、ネット販売だけでなく、道の駅や地元店舗にも商品を置いていただき、幅広い世代に「黒澤農産のお米」を知ってもらえるようにしたいです。
“生きた土”を次の世代へ
ーーこれからの展望を教えてください。
これからはもっと「土づくり」に力を入れたいです。化学肥料だけに頼らず、有機物や微生物資材を使い、時間をかけて健康な土を育てています。田んぼにカブトエビ(※1)が戻ってきたのは、その成果だと思います。
お米づくりは自然との対話。すぐに結果は出ませんが、10年後、20年後もこの土地で美味しいお米が作れるように、持続可能な農業を続けていきたいです。
そして、育ててもらったこの栗原の地に恩返しできるよう、地域の方と協力しながら若い世代にも農業の魅力を伝えていきたいと思っています。
※1 カブトエビとは、約2億年前から姿を変えず“生きた化石” と呼ばれる淡水性の甲殻類。雑草の芽を食べる、水を濁らせて雑草の生育を抑制する、泥をかき回して稲の根に酸素を供給するといった働きがある。カブトエビが生息しているということは、農薬をあまり使わない、良好な環境であることの証明にもなっている。

INFORMATION
株式会社黒澤農産
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